へたな写真も数写せば当たる?

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help リーダーに追加 RSS みちのくの玄関口 白河市・・・福島県白河市

<<   作成日時 : 2008/05/15 00:10   >>

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関東から東北への玄関口、白河市。(いわき市もそうですが)
かって奈良・平安時代には白河の関があり源頼朝が奥州平泉を攻め滅ぼすためにここを通過して行った。
後ほど説明の「松平定信」公により確認された「白河の関」跡。以下4枚は2005年撮影撮影機材FUJI ファインピックスS7000

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白河神社
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江戸時代には松尾芭蕉がここを越え「奥の細道」へ入って行きました(白河関の森公園内の像)。
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また、ここは幕末の戊辰戦争では奥羽越列藩同盟VS官軍との戦いのターニングポイントとなり大激戦が繰り広げられた場所でもあります。官軍の名参謀「伊地知正治」の巧みな作戦により白河の城「小峰城」を落とされた列藩同盟軍は幾度も反撃を試みるが遂に奪回する事が出来なかった。
小峰城写真 以降の撮影機材は注釈があるまでiosKissX2
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その頃、怪我をしていた「土方歳三」にかわり「斎藤一」が率いていた新撰組なども「白河口の戦い」に参加していました。新撰組と言えば「沖田総司」も有名ですが、彼の父親は白河藩藩士で総司は白河藩の江戸屋敷で生まれています。彼が労咳に罹らないで元気でいれば、たぶんこの地を訪れて戦いに加わっていた事でしょう。又、白河口での戦いでは元新撰組隊士の清原清(熊本藩出身)という人が戦死しています。彼は新撰組内部分裂で「伊藤甲子太郎」が結成した御陵衛士に加わっていました。しかし彼が伊勢に出張中に甲子太郎は「油小路事件」で死亡。隊が無くなった後は生き残りの隊士達とともに薩摩藩に所属、中村半次郎(西郷隆盛の腹心)の指揮下にあったり赤報隊2番隊に加わったりしながら転戦し白河で命を落としました。
さて、白河藩で有名な人というと「寛政の改革」で有名な3代目藩主「松平定信」公がおります。
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徳川御三卿の一つ「田安徳川家」(八代将軍吉宗の直系)の跡継ぎ候補であった彼は当然、将軍に成れる可能性がありました。しかし、当時の政治状況から白河藩2代目藩主の養子に出されてしまいました。その後賄賂で有名な「田沼意次」を追い落として老中首席となり「寛政の改革」を行いましたがその厳格で厳しい政治姿勢から「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こいしき」などと揶揄されたりもしました。ロシアに漂流民として連行され、当時の女王「エカテリーナ2世」に謁見した「大黒屋光太夫」とも会いロシアとの限定的通商に繋げたりもしました。その後、補佐していた徳川家11代将軍「徳川家斉」が成人するにつれ彼に疎まれ、定信は引退し白河藩の藩政に専念する事になります。職人に作らせた「白河だるま」などは今も名物として残っています。蕎麦の生産を奨励して飢饉の時も餓死者を出さなかったそうです。又、馬産を奨励し馬市でを買いに来た人たちに蕎麦を出したら「馬買った?美味かった!」と言われて蕎麦の技術も向上した・・・。(白河麺ロードマップより)(・ω・` )(´・ω・`)( ´・ω・)   ⊂(´∀`⊂⌒`つ≡≡ツルッ♪

ここから、日帰り旅行の話に戻ります。2008年5月4日(日)棚倉の山本不動尊から白河市へ移動。最初は「松平定信」が灌漑用水として作り上げた「南湖」(なんこ)にある日本最古といわれる「南湖公園」へ。ここの畔には飲食処が建ち並び、名物「南湖だんご」やら蕎麦、「白河ラーメン」なども食べられます。最初は「水月」のジェラートから。
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お勧めはなんといっても「塩ミルク」そして季節限定「サクラクリーム」です。
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ダブルの券¥350−を買い求めてから注文。いつもは愛想の良い店の人もGWで忙しかったのか顔から笑顔が消えて、有難うございますの言葉も無かったのが残念だったが・・。
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まあ、塩ミルクのコクのある味と甘み、塩漬けの桜の葉が練りこんである桜餅のあの味のサクラクリーム達の前にはそんな気持ちはどこへやら。(゚-゚; ...ゴクリッ。白河へいったら是非お試しください。
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その後、隣に在る「湖月」で「南湖だんご」を食べた。どこのお店も保存料は入れてないようなのでお土産用に売っている団子は、その日の内に食べた方が良い。出来たてはやはり美味い。
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軽く?お茶をすませた後は、すぐ近くの南湖神社に参拝する。
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南湖公園、貸しボートなども有り、桜の季節であれば素晴らしい景色を眺める事が出来ます。
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南湖を後にして白河駅裏手にある小峰城へ向かう。大体10分程で到着した。
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堀や石垣は概ね昔のままだが、天守閣的な役割を持った三重櫓は戊辰戦争で焼失したものを平成3年に、前御門は平成6年に復元された。
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石垣の上の雪見櫓という場所からは遠く那須連峰を望む事が出来ます。この石垣下には小さなバラ園もあります。
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三重櫓の近くには築城の際に人柱にされた娘を偲ぶ桜の木「おとめ桜」が立っている。初代の木は戊辰戦争で焼けてしまい現在は2代目です。
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そして三重櫓内部へ。昔の図面に忠実に再現しているために階段が急になっている。ところで、櫓の中みもボランティアさんがいたのですが話しかけても喋らない無口な人だったのが印象的でしたww。
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材料は戊辰戦争の戦場だった所の木材を使用しているため弾痕などがあります(柱の矢印の位置)。
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天守閣ではないので上に登っても景色は見えません。
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下に降りるとポスターが目に付きました。木村拓也主演の「武士の一分」という映画のロケがここで行われていたらしいです。
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小峰城を見た後に遅めの昼食を取った。食べたのは白河ラーメン。私の父親が昔、白河で働いていた事がありますが、職場の近くにあった当時の福島銀行駐車場には夜には屋台のラーメンが集まり、トラックの運転手が食事をしていたそうです。その当時の屋台の店から店舗を構えるようになった人も多いとか。余談ですが、父親は現在楽天の野村監督夫人のサッチーが当時ミス白河に選ばれたのを見た事があるそうです。
さて白河ラーメンといえば「とら食堂」や暖簾わけしたお店などが有名ですが混むのが難点。行列などしなくても美味しい店はたくさんありますので、そちらを選ばれるのも良いでしょう。今回は去年、食べて気にいった「ラーメン平八」へ。場所がやや悪いので分かりづらいですが、さっぱり醤油味のスープとコシのある縮れ面の伝統派タイプの醤油ラーメンは、なかなかの味。眼鏡っ娘ではっきりした喋り方と爽やかな接客態度の娘さんもポイントが高い店でした。
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写真は大盛りのもの
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昼食の後は帰り道に古殿町の「越代の桜」を見て帰りましたが、それは以前の記事をご覧ください。
今回は訪れませんでしたが、白河には「白河フラワーワールド」という施設があり、時期になると数々の花が咲き乱れ綺麗な所です。2004年の4月に撮影したものがありますので最後に、その写真を紹介します。(現在の様子は違うかもしれませんが)撮影機材は富士の S7000とキャノンのIXY L
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コメント(2件)

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こんちわぁ(/o^∀^o)(/o^∀^o)スポッツさん♪
今回もまたまたお詳しくリポート!さすがです!
一枚目のお写真の木は何の木?すごく絡まっていて年代を感じますね。小峰城のお写真がスンバラスィ〜く、いいですね。特に3枚目の小峰城は青空に映えていて白壁がステキです。私が写したら白とびしそうです^^;

大盛りラーメン美味しそう♪
麺は手打ちなんですね〜。
スポッツさんは以前からお花のお写真を撮って居られたんですね。芝桜の上の段のお花は可愛いです。名前が知りたい…^^

新撰組の大ファンなので、お話が聞けてよかったです♪
みぃ
2008/05/15 13:03
みぃ様、(*・д・)ノ*:゚★こんにちヮ☆・゚:*:゚
返事が遅れてすみませんでした。杉の古木に絡まっているのは藤らしいです。そういえば少し離れた所にも藤の古木があったような。小峰城の写真、お褒め頂きありがとうございます。青空にお城は絵になりますね。そしてX2の性能のお陰も大です(笑)
白河は、もともと蕎麦が有名だったんですよ。今では「とら食堂」等で有名になり(現在は2代目)白河ラーメンのブランドが出来てしまいました。
花は、もちろん好きな被写体なのでそれなりに撮影してましたね。アクアマリン水族館でも結構、花には力を入れているので、それも、あったかも知れません。
それとお花ですが、「アネモネ」ではなかったかと思います。間違っていたらなんなので自宅へ帰ったら原寸で確認してみます。新撰組は昔「燃えよ剣」を読んでから私もファンになりました。土方歳三が好きな事もあって余計に戊辰戦争にはこだわるのかもしれません。
スポッツ
スポッツ
2008/05/15 17:41

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