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小野田炭鉱閉山間もない時期を撮影した写真集がある。プロの写真家で福島県白河市に御住いの「丹野清志」さんの写真集「1963 炭鉱住宅 常磐炭田小野田炭鉱」だ。http://www.graficamag.com/memoria/yubari_jouban_memoria.html 先生がまだ19歳だった写真学生の頃に「土門拳」の写真に触発され閉山直後だった戸部鉱業小野田炭鉱を訪れ、湯本町に部屋を借り通いながら1963年7月の一ヶ月間を撮影し続けた。 そんな訳で、おこがましいのであるが先生の撮影した場所付近等を少々撮影してみた。(2008年6月8日の日曜日)写真は「1963」のP28、29部分の辺りだと思います。炭鉱住宅だった所には現在も人が住んでいます。ものによっては屋根は紙製でアスファルトを塗布したものが使われています。 撮影機材iosKissX2 Wズームレンズキット 画像をクリックすると大きめの画像が見れます。 小野田炭鉱跡付近は仕事等で本当に普通に近くを通っている場所です。1963に出てくる部屋や家具調度品は妙に懐かしい。今は亡くなった私の父方の祖母が永らく住んでいた貸家も小学生時分には、写真集に近かった。映画「フラガール」に出てきた炭鉱住宅はむしろ綺麗過ぎるくらいだったりする。 P56,57に載っている国鉄用線路(専用鉄道小野田線)の今の風景、線路の場所は道路になっている。道路左手側には途中から並走して磐城炭鉱専用軌道があった。 長倉坑石炭積み込み場跡(ホッパーとか万石とか言うらしい) この位置から一段上の小道にも施設跡が残っている。丸いのは水洗ホッパーと言う施設らしい、石炭を洗浄でもした所だろうか? 原炭積込場(分かった風に書いてますが、詳しくはわかりませんww.。) 脇にある階段から中に入ってみた。パイプから水がにじみ出ている。 正に廃墟のやや不気味な感じでした。 4枚目の写真の先のカーブの部分を反対方向から撮影。 右手の登り始めの場所。初めて見た人には分からないであろう、かってのズリ山。木々が生い茂り普通の小山にしか見えない。 かって先生が撮影した時期には、若造が何かやっているとしか見てくれなかったらしい。私の知り合いの方は、この写真集を小野田から離れていった知人達に送り喜ばれているそうである。当時は女子高校生であったが、同窓会でこの写真の話しをしたら、そういえば当時、お風呂場を覗いている人がいるって騒ぎになっていたという思い出話?に花が咲いたようである(笑) *P24,25(男風呂の写真)あたりの撮影時の話しだろう。 そんな話しが出るかは分かりませんが今年9月(2008年9月)には湯本の石炭化石館で丹野先生のパネルデスカッションが開催される。時間が取れれば絶対に行きたいと思っています。 |
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おはようございますスポッツさん♪ |
みぃ 2008/07/06 08:25 |
みぃ様、(*´ω`)φ_[。゚+オハヨゥ+゚。]ございます♪夕張市にご親戚がいらっしゃったのですね。同じ炭鉱地とありなんとなく似ているかもしれませんね。こちらから夕張に移られた方も結構いらっしゃるみたいですが、どうなされているのか・・。 |
スポッツ 2008/07/06 09:18 |
スポッツ様、実は私、炭鉱の話すごく興味があります。フラガール以前から興味があって本やら写真集やら見ていました。 |
みそら 2008/07/07 17:08 |
みそら様、こんにちは。いつも御訪問下さりありがとうございます。 |
スポッツ 2008/07/07 18:07 |
個人的なことを申し上げます。何ももわからないことだらけで恐縮なのですが、 |
お邪魔します^^ 2008/07/22 12:01 |
たけくち様、初めまして。父方のご先祖様の銅像との事ですが。年代を逆算すると戦争前後くらいかと思われます。この時代を知ってるかたも少ないので、地区・業績・活躍した年代がわかればと思います。片寄平蔵とかでしたら分かるのですけと。 出来るだけお力なりたいと思っております。 |
スポッツ 2008/07/22 13:01 |
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