テーマ:幕末

京都弾丸ツアーⅡ④ ねねの道~祇園さん

維新の道(坂)を下り右折するとそこは、ねねの道(高台寺道)。 ねね(北の政所)・・豊臣秀吉の正妻で秀吉が藤吉郎と名乗っていた時代から彼を支えていた女性。子供は出来ず、秀吉と淀殿の子・秀頼が秀忠の娘・千姫(秀頼の従姉妹)婚約したのを見届け落飾。その後、高台寺に入り秀吉の霊を弔った。 撮影機材はEOS Kiss X3&AF18-27…
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京都弾丸ツアーⅡ③清水坂・三年坂・二年坂・坂本龍馬の墓

H22年10月3日京都弾丸ツアーの続き。 方広寺を出て清水寺へ向かい、清水新道(茶わん坂)を登り切る。 朝、風呂を利用した京都タワーを望遠で撮影。 清水の舞台。 高校の修学旅行以来だから数十年ぶりになる。写真ではそうは見えないが、さすがに人は多い。 中国系観光客比率も結構多い感じである。当時、尖閣問題で中国政府…
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忠臣蔵外伝?「増上寺刃傷事件」は関係者が皆親戚

6月に行った東京史跡巡りの最後は東京タワー麓の増上寺。正確には、東京タワーが増上寺の敷地内にある訳ですが。 撮影機材キャノンEOS KissX3+タムロンAF18-270mm (Model B003) 写真をクリックすると大きめの画像が見れます。 赤羽接遇所跡方向から。 増上寺正面側。 増上寺は、徳川家の墓所がある…
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幕末の麻布に散った日独友好の恩人ヒュースケン

6月の東京史跡巡りの記事が中途半端になっていましたので、その続きです。 前回はここで終わっていました。 さて今回は以前の記事でも少し取り上げたヒュースケンの史跡巡りです。 撮影機材はキャノンEOS KissX3+タムロンAF18-270mm (Model B003) 画像はクリックすると大き目の画像が見れます。 ①ヒュ…
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2010年総司忌報告&近所はフラガールの町の御殿様

「動かねば闇にへだつや花と水」が辞世の句とも言われる、幕末の天才剣士「沖田総司」の墓は、六本木ヒルズのふもとにある。 撮影機材EOS Kiss X3&AF18-270mm F/3.5-6.3 (Model B003) 画像をクリックすると大きめの写真がご覧になれます。 墓所のある専称寺の反対側、右手(北西)は沖田家…
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新撰組局長伝説 野口家に来たカモ

注、当ブログは管理人の主観とのりで書かれており、玉におやじギャグが含まれますが、不快に思われる方は御容赦下さい。 「青い眼の人形」、「赤い靴」、「シャボン玉」等で有名な童謡作家の野口雨情は大正時代の数年間、常磐湯本町に住んでいた事がある。湯本駅で電車の発着に「シャボン玉」が流れているのは、その所為だ。 雨情さんの故郷は、湯本…
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不思議な縁のいわき市とドイツ(プロイセン)・・日独友好150周年

来年2011年は日独友好150周年にあたります。 ドイツは幕末・明治期の日本に大きな影響を与えた国な訳ですが(医療とか憲法、軍隊、クリスマスツリーもドイツ起源らしいです)、幕末の頃はまだ、ドイツとは名乗っておりませんでした。 日独友好150周年の起点となるのは、日普修好通商条約が締結された1861年1月24日(旧暦の万延元年12月1…
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北茨城市大津港・・・雨情の里 港祭り(とクジラの話)

毎年、11月の第一日曜日に開催されるのが、北茨城市大津港の「雨情の里 港祭り」です。 童謡作家の野口雨情の故郷、磯原で行われていたものが、比較的近くの大津港で催されるようになったという事です。 いわき市の隣で開催される行事であるにも関らず、今まで行った事が無く、今回が初めてのお出掛けになります。 かなりの人手で車を駐車するのが難し…
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いわきの戊辰戦争と幕末遊撃隊(いわきフラオンパクプログラム)②新田坂、湯長谷藩跡

大分、更新の間が空きましたが、 いわきの戊辰戦争と幕末遊撃隊の続きです。この記事の後には、私のもう一つのプログラム「エイサー・六段・天下一」いわきの偉人達の謎とき旅に入ります(たぶん)。 追加、こちらの請西小学校のスライドショーを見て頂きますと林忠崇候と遊撃隊について簡単に理解できますhttp://www.geocities.co…
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「井伊直弼」亡き後のリリーフ・平藩藩主「安藤信正」・・・・・いわき市平 龍ヶ城美術館

8月13日(水)、「良善寺」と「安藤家墓所」写真追加。 龍ヶ城美術館は閉鎖されたようです。なにか進展がありましたらブログ内にて報告いたします。現在、NHKで放映中の大河ドラマ「篤姫」は、女性に人気があり視聴率がけっこう高いようです。将軍家茂役の松田翔太も自分の青春時代の憧れ松田優作を思い出してジーン...(≧ω≦。)、 ドラマ…
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磐城の戊辰戦争④植田「八幡山の戦い」

大分、間が空きましたが磐城の戊辰戦争の続きで平潟奪還作戦の後の話です。慶応4年(1868年)旧暦の6月17日、平潟港に上陸した官軍を迎撃しようとした遊撃隊・磐城諸藩・仙台藩の連合軍は目的を果たせず敗走しました。 前回の記事http://spottedseal.at.webry.info/200802/article_1.htm遊撃隊は…
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磐城の戊辰戦争③平潟奪還作戦・遊撃隊孤軍奮闘

2008.03.04修正 3番隊長和多田貢の出身地は岡崎藩でした。慶応4年(1868年)=明治元年の6月16日。平潟に上陸した官軍はバッテイラと呼ばれる小船で港に上陸、子供達に銭やビスケットを与えて村人達を安心させた。やがて平潟の村人も官軍に協力して荷物の陸揚げが始まりました。その頃、平潟にあった仙台藩2小隊(約100名)は官軍の勢いに…
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磐城の戊辰戦争②幕末遊撃隊、磐城へ。

伊庭八郎データ追加1月30日平城登城の部分修正官軍の平潟港上陸に遡る事、5月15日に幕府残存勢力の彰義隊と官軍による「上野戦争」が勃発したが、官軍の「大村益次郎」の巧みな作戦により、たった1日で終了。(これが、箱根で戦っていた遊撃隊にも大きな影響を与えている)御旗に祭り上げられていた「輪王寺の宮」後の北白川宮(孝明天皇の兄弟で僧籍に入っ…
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磐城の戊辰戦争①官軍平潟港上陸

この話は管理人の主観により語られていますのでご了承下さい。 さて今から、140年前の慶応4年(1868年)戊辰の年に、あったのが明治政府と奥羽越列藩同盟との戦いで、世に言う「戊辰戦争」です。もとはといえば、会津の「松平容保」公が、京都守護職という警察の様な仕事を押し付けられたのが原因ともいえます。攘夷志士を取り締まるという火中の栗を拾…
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野口雨情生家(磯原)周辺と雨情の一族の話

2009年12月21日 神永喜八との親戚関係の部分訂正(雨情の父の後妻ではなく、雨情の叔母が神永喜八の後妻になった。)、芹沢鴨が亡くなってすぐに、盟友だった野口正安も後を追うように死亡等を加筆。去年12月に撮影したままお蔵入りにしていた野口雨情生家付近の写真ですが、遅ればせながらアップします。雨情生家は雨情と先妻の高塩ヒロとの間に生まれ…
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