湯本町 金比羅神社大祭

先日、1月10日に湯本町・正確には関船町にある金比羅(ことひら又はこんぴら)神社の大祭が、行われました。湯本では、この大祭が終わると完全に正月が終わったという気持ちになります。今回の撮影は湯本駅側から金比羅神社へ進んで行くルートでした。 昔は電車や駅の近くに車を止めて神社に向かう人達が多かったのですが、現在は、21世紀の森公園に車を止めシャトルバスで反対方向から参拝に向かう事が多くなりました。で、最初は人が少なめです。画像はクリックすると、そこそこ大きくなります。
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やがて、人込みの中に入っていきます。
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途中には、様々な屋台があり、ひやかしながら進んで行きます。
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子供に人気のチョコバナナも今は、色々なものがあるようです。
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その他アクセサリー
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トルコのケバブやら(最初、一軒だけだったのが今は3軒くらいに)
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食堂もあったりします。
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金比羅様は船乗りを守る神様で、いわき市で遠洋漁業が盛んだった頃は、大きな縁起物のお飾りをもって歩く人がたくさん見受けられました。
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そうこうする内に神社参道前につき、最初の鳥居をくぐり
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禊ぎをすませて
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長い階段を上がると
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右手側に天満宮(菅原道真公の勉学の神)がありますが、ここは、元は本殿のあった場所です。
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そして、左手側には湯長谷藩内藤家の総鎮守(守り神)の諏訪神社があります。ここには、大国主命の次男の建御名方命(タケミナカタノミコト)が祭られています。
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諏訪神社を過ぎ、赤い鳥居を過ぎると
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恵比寿様
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そして本殿へ
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金比羅神社は室町時代の末期の永正2年(1505年)に四国金比羅大権現の分霊を勧請し祭ったとされています。宮司は代々、金土家が務めています。金比羅という名はサンスクリット語でワニを指す言葉の当て字で十二神将の宮昆羅(くびら)大将を指しています。得に海上安全の神とされて船乗りの信仰が厚い場所です。現在は、明治元年(1868年)の政府による神道の国教化を目指した神仏分離令により「大物主」(七福神の大黒様に当たる神様)が祭神とされています。江戸時代初期の元和2年(1616年)に落雷で消失したまま再建しないでいた所、いわき諸藩の年貢米運搬の船、漁船の遭難が相次ぎ、金比羅様の祟りと噂されました。そこで、当時の別当(神社の最高責任者)が四国の大権現宮へ度々祈願したところ、海難事故が減り神社も明和7年(1770年)に再建されました(天満宮の場所)。例年、参拝者は10万人近く訪れます。
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そして帰り道、階段下にて最強の縁起物発見!(∩´∀`)∩おぉ♪
運やお金をかき集める熊手に招き猫を加えた・・熊と猫ってパンダ?いや可愛ければ、無問題。
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そして気がつけば我が家には、ニャンコが1匹(笑)。
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