京都弾丸ツアーⅡ⑤檀王法林寺再訪と池田屋でお食事

岩城(現在のいわき市)の僧、琉球に渡る

今から400年程前の1603年江戸幕府開府の年、東北の南端・岩城(現在のいわき市)から琉球国へたどり着いた一人のお坊様がおりました。

名前は袋中上人良定(当時52歳)。浄土宗の第三勢力にして東北最大の教派・名越派の学僧であり、岩城の領主・岩城家の保護を受け城内に創建した菩提院(現在はいわき市平古鍛冶町地内)の住職でありました。
領主・岩城貞隆が関ヶ原の戦いにおいて、兄・佐竹義宣(石田三成の友)と共に西軍よりの行動を取り御取潰しにあいました。
これにより、新領主となった鳥居忠政が新しい城・平城(たいらじょう)建築する事により菩提院も城外へ移転する事になりました。
その他年齢的な事、その他色々考える事があったのでしょう、袋中上人は若い頃よりの夢・中国渡航を叶えようと岩城を旅立ちました。
そして平戸で民間交易船に乗り、中国大陸へ向かったのでした。

もともと秀吉の朝鮮出兵の際の明国(当時の中国王朝)との戦いの影響もあり、国同士の交流が無かったので民間船ならと考えたのでしょうが、やはり中国上陸は叶わず、その後フィリッピンのルソン等を経由して東アジア貿易の中継地・琉球国の那覇港にたどり着きました。
その頃の那覇は浮島で首里には干潟に掛かる長虹堤と言う橋を渡って行かなければならなかったそうです。

エイサーと浄土宗の念仏

袋中上人は、士族の馬幸明(不思議な事に今年知り合った中野チャンプルフェスタの高見さんも幸明と言う名です)
と知り合い、やがて琉球国王・尚寧王や貴族・儀間真常達とも出会い、彼らの帰依を得て琉球において大衆向けの仏教の布教を行いました。当時の世話人・テーラシカマグチ(小禄浄土の先達)の力も大きかった様です。
            
上人は彼らの協力を得て仏教を琉球の言葉に直して大衆向けに分かり易く伝えました。

この際、念仏に節を付けたものが後にチョンダラーやニンブチャーと呼ばれる漂泊の芸人・聖によって人形操り・踊りと融合、その門付け芸能を見た村人達が取り入れ三線も加わり、やがて毛遊びにおいて当初の仏教色が薄まり、現在のエイサーの元になるものへなったのではないかと考えられています。

エイサー曲の仲順流れ等に浄土宗念仏の影響が見られ、又琉球国に初めて浄土宗を伝えたのが袋中である事から何らかの関りがあったのは間違いないでしょう。(いわきの念仏踊り・じゃんがらとの関りとは史料が少ない事もあり年代的にも不明な部分が多いのですが、じゃんがらは二つの念仏芸能が合わさったものらしく、その辺に何か謎が隠されているのかもしれません。)

袋中上人は那覇久米に近い松山に桂林寺(現在の松山公園の中)と言う寺を建てました。
久米は福建省等から渡った中国人が帰化した人達の町。薩摩侵攻の後に薩摩に従わず処刑された識名親方も久米の出だそうです。

久米の天妃(海難事故から船を守る中国の女神)と言う地名にも昔のチャイナタウンだった名残が感じられます。そんな関係もあってか松山公園近くには平成になってから福州園と言う公園が造られたりしています。
中国に渡航をしたいという袋中の気持ちが久米に近い松山に桂林寺を建てた動機ではないでしょうか。

袋中上人は琉球で3年間の布教を行いつつ中国再渡航を試みましたが果たせませんでした。
その間、上人は馬幸明に請われて琉球神道記という書物を書き上げます。
この書物には袋中が見聞した琉球の神々や琉球の神社縁起についても書かれており、波の上宮(琉球八社の筆頭)の御鎮座伝説にも袋中の文が引用されています。

又この頃、野国村(現在の嘉手納)出身の野国総管(総管は船に天妃を祭り航海の無事を祈る職業)が唐芋(現在のサツマイモ)を琉球に持ち込みました。
袋中上人の弟子でもある儀間真常が、それを譲り受け琉球全土に広め台風等による飢餓に悩む人々を救いました。

本土の人間が唐芋(又は琉球芋)を食したのは1611年琉球から薩摩兵が帰国する際(薩摩には儀間真常が王の尚寧王に振舞われたのが初めてとか。気に入った薩摩兵が持ち帰ったが広まる事は無かったらしいです。たぶん全部食べてしまったのでしょう。

その後三浦安針(ウィリアム・アダムス)が琉球から九州に唐芋を持ち込み、平戸イギリス商館館長リチャード・コックスにより本土で初めて栽培されたと言われています(長崎県指定史跡コックス甘藷畑跡)。
後にサツマイモと呼ばれるものとなり将軍吉宗が青木昆陽に命じて栽培させ、それがやがて日本中に広まり飢饉に悩む日本人を助けました。

悲劇の王・尚寧、京都で袋中上人と再会する

やがて本土へ戻った袋中上人は京都で布教を始めました。
同時期、1609年に薩摩が琉球に侵攻。1610年、尚寧王は駿府の家康と江戸の秀忠に謁見するために旅立ちますが、この旅で王の弟が病で命を落とします。
国を失い、弟も失って失意の王は帰り道、京都で袋中上人と再会します。
ヤマトの地で、かっての師と出会い、再会の喜び、国を失った悲しみ・・色々な感情がこみ上げた事でしょう。この時の思いを王が描き上げた上人肖像画に託し、数々の宝物と共に上人に贈りました。

翌年1611年、尚寧王は琉球に帰国。
同じ年、袋中上人に帰依した京都の人達により寄進が集められ三条大橋の東に、法林寺が再建(後の檀王法林寺)され、尚寧王からの贈り物はここに納められました。

その沖縄に縁の深い檀王法林寺、一昨年初訪問して以来ですので二年振りになりますが再び訪れる事が出来ました(熊谷さん、石井さん達は初めてです)。
撮影機材、去年の写真を除き概ねパナソニックTZ-7.。画像をクリックしますと大きめに見れます。
三条大橋東側の川端、だん王さんの朱門。
画像

ちなみに一昨年はこちらの門からお邪魔しました。入り口隣の篠田屋さんは有名な定食屋さん。
画像


公的機関の支援を受けたものでは日本最初の夜間保育を実地した「だん王保育園」の入り口。
画像

来年11月6日に行われる400年祭の告知が境内に。
画像

住職、信ヶ原雅文様と歓談。住職の手にあるのは福島県石川町(いわき市の近く)の米を使い石垣島の高嶺醸造所で作られた泡盛「三拝伝(ミーファーユー)。販売は石川町のアスカエコテック。
京都で泡盛を楽しむ会にも入っていらっしゃるとの事で喜ばれました。

いわきと京都・沖縄(サツマイモの件もですが、逆ルートとは言え、これも薩摩経由ですね。高見幸明さんも薩摩の人ですし)を結ぶもう一つの縁「八橋検校」の流れを汲む琉球筝曲の曲「瀧落菅攪 (たちうとぅしすががち)」のお話しをしましたら、だん王さんの三線教室でちょうど練習中との事で、偶然とはいえ驚かされました。
画像

袋中上人木像を見上げるメンバー
画像


最初の公武合体で有名な徳川和子(お江の娘)こと東福門院の位牌。袋中上人を守護したと言われる主夜神は、火伏せ・盗難除けの神様である事から、皇族・公家の信仰も厚く。川端の朱門や額(有栖川家寄贈)や押絵主夜神尊像(三井家寄贈)等の寄進もされています。
主夜神への信仰が厚かった霊元天皇が、養母の東福門院の冥福を祈り位牌を置かれたらしいです。 
画像

そんな訳で菊の御門が使用されています。
画像


主夜神尊図
画像


主夜神尊のお使いとされる黒猫の招き猫(寺社仏閣配布としては最古の説あり)と全国から寄せられた招き猫達(の一部)
画像


琉球古漆器(黒漆)の箪笥・・京都市重要文化財。尚寧王より袋中上人へ贈られたものの一つ。
琉球漆器のデザインは中国の影響を受けているらしいです。琉球漆器は、中国皇帝への献上や東アジア貿易、
江戸時代には将軍や大名への贈答品へも使われている高級品。
詳しくは「すぐわかる沖縄の美術」宮城篤正監修、出版㈱東京美術・・を読んで見て下さい。
画像


だん王さんでの会合が終わった後に、自由時間を取り、その後に寺から数分で行ける海鮮茶屋「池田屋はなの舞」に集合。

画像

現在は賑やかなこの店。
画像

一昨年はこんなでした。
画像


池田屋事件の概要や犠牲者名等を記述した看板。この時の攘夷浪士側の犠牲者の中には、植田宿(現在のいわき市植田町)を吉田松陰と共に訪れた宮部鼎蔵もおります。
画像

池田屋事件で有名な階段を模したもの。
画像


池田屋お勧めの勝利を呼ぶと言う軍鶏鍋(坂本龍馬の好物)。今回はチャレンジしなかったですが沖田コース3,000円と言うのがあり、何故かメニューにはゴーヤチャンプルが・・。沖田と沖縄の字が似ているからか、だん王法林寺が近いからなのか、沖田総司辞世の句が、いわきから出た所為なのか(あんまり関係ないかなw).。
画像

カクテル・沖田総司SOUSHI。ブルーキュラソー&ピーチ&グレープフルーツジュース 三色の三段突きが効く~とか言って飲んでいたら、石井さんにそれジュースです突っ込まれました。
画像

石井さんの飲んでたカクテル(アルコール入り)・斉藤一HAIME。バナナリキュール&ジン&トニック が一本気な渋さを表現している様な気がしないでもない。
画像

カクテル(アルコール入り)・山南敬助、底のカルピスが、サンナンさんの優しさと甘さを表現している・・かな。
画像

昼間、食べられなかった一銭洋食にチャレンジ。結構美味しい。
画像


京都の一日を池田屋で締めて、再び夜行バスでいわき市へ帰ったのでありました。
来年秋の11月6日(2011年)には再び京都を訪れる事でしょう。その節には再び御報告させて頂きます。

参考文献
「誰も見たことのない琉球」上里隆史著、出版:ボーダーインク。
「沖縄の盆踊り」宜保榮次郎著、出版:那覇出版社
「沖縄エイサー誕生ばなし」-袋中という坊さまの生涯ー」御代英資著、出版:東洋出版
「琉球王国」赤嶺守著、出版:㈱講談社。
「図説琉球王国」高良倉吉・田名真之編、出版:河出書房新社
「すぐわかる沖縄の美術」宮城篤正監修、出版:㈱東京美術。
「再発見からいもの魅力」南日本新聞社編、出版:南方新社。
「サツマイモ事典」財団法人いも類振興会編集・出版。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック